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個人として可愛がられる

2017-04-25

前回のブログで、大切にされることの大事さを書いた。

大切にされた経験が、心に染み入る。

 

ブログを見たから、と言って入塾しに来てくれた方が多かった。伝わったこと、期待してくれたことが、純粋に嬉しい。

今日も大事な永見塾の考え方を記そう。

 

頑張りためには、大切にされることだ、と述べた。しかし、頑張った先に成功はあるのか。「能力がつき、伸びる」ところまで行くためには、大切にされるだけでは足りない。長い間の努力が必要になる。途中で諦めてもいけない。

 

成長と達成はどう促されるのだろう・・・?

 

そんなことを考えていたら、娘の一言がヒントになった。

「まま、先生たちね、私のこといつも、名前で呼ぶの。」

 

塾では、生徒さんは皆、名前で呼ばれる。小学生はさらに、エドワードとか、フランチェスカとか、ジョニーとか、色々な別名を持っていて、これがかなり、イメージぴったりで楽しい。みんな気に入って使っている。和気藹々となってくる。

 

部活動に夢中になる子供達。友達ができる。みんなと居られる。それも嬉しいだろうけれど、もう一つ、嬉しいことがある。「先生に名前でよんでもらえる」ことだ。スイミングもそうだった。名前で呼んでくれるコーチとの結びつきは子供達にとって、とても太い心のリード線だったろう。でなければ、あのきつい練習についていけたはずがない、、、。

 

「個人として可愛がられる。」このことが与える影響は大きい。

これは、親に可愛がられることだけではない。

 

むしろ、親以外の人に個人として認められ、可愛がられる。この体験の持つ意味が、とても大きい。

「親に可愛がられただけでは伸びきれない時。」…そんな時があることを、子供の5人育てて知った。どの子にも、そういう時期があった。そして悔しいかな、子供の背に羽をつけて大空に飛び立たせたのは、母である私ではないような気がした。私以外の誰かの助けで、力を得て子供は壁をよじ登った。飛び越え、進み、飛び立った。

 

成長する我が子が、頼もしくも思え、羨ましくもあり、、、。先生に助けられ、コーチに可愛がられて、子供は最良のエネルギーを得た。親の役目の区切りだと思った。

 

「個人として可愛がられる」 話を戻そう。

 

可愛いと思われることは、安心を与える。無条件に思われることだ。

何かができたからではなく、「何をやっても可愛いやつだ。」と言われること。「いい子だね」と言われて嬉しくなった子供の頃の経験を、人は、どこかでずっと、持ち続けていると思う。

失敗をしても、可愛いものは可愛い。親以外の人、先生、コーチ、監督、図書室の司書さんにも、子供は嬉しそうについていく。安心して羽を伸ばす。

 

良い先生や、良い師には、生徒や弟子を可愛いと思う力がある。

 

「あなたはいい子ね。本当にいい子ね。」そう言われ続けた小学校での日々が、その後の私の失敗を乗り越える底力を生んだ。「マサエちゃん」と名前で呼ばれた経験が、力となり、柱となった。

 

どんなにすごい進学校に通っていても、最近の子は塾に行く。

必要なのか、と考えたら、学習内容からいえば必要ではないはずだ。「塾、いらないんじゃない?」そう思うこともある。

 

そこに、答えの一つがあった。名前で呼び合う仲間。呼びかける先生。どこの学校か、どんな成績か、学校の関係ない。クラブも関係ない。そういう個人になれるところ、それが塾なのかもしれない。

 

永見塾では、「計算ミスをするクセ」を治す。見張っていて現行犯逮捕をするのが一番いい。英語のスペルにしてもそうだ。ピッタリ張り付いていて、ミスした途端に、顔を突っ込んで、「ほらヤッタァ!」と指摘する時、みんなとても嬉しそうだもの。「こうやるから、いつも間違えるんだヨォ。」これで計算ミスはピタリと止まる。愛情のもんだいじゃないか、、そう思う。大切に可愛がる感覚で、計算をしよう。

 

ただ、これが親子ではうまくいかないのが難点だ。親では嫌らしい。困ったな。

これが10代だ。親じゃない誰かが、担う役目なのだろう。可愛がる役だ。ずっと張り付いているのは大変だが、「見てるよ」メッセージの力は大きい。

 

学校は公平を期すところだ。平等という言葉に縛られる。みんな同じに扱わないと。本当はそれは、真の平等ではないかもしれないが、同じにするためには、「みんな」が必要だ。

「みんな」になってしまった時、個人として可愛がられることはない。

 

今、学歴ではなく、塾歴社会だと言われる。

塾では個人として可愛がられる。先生はどんな子か、、で動くからそれがいいのだろう。出来るからいいのではない。出来ないから可愛くもあるのだ。

 

可愛いという思いの支えは、どんな子にも大きいと思う。

本来学校もそうあるべきだと思う。

 

人はまず、可愛いがられた方がいい。今の学校は利益重視に動いてはいないか。システムの一部になってはいないか。結果を出さねばならないしがらみに、苦しく縛られてはいないだろか。実績につられて受験した学校で、果たして子供は可愛がられるのか。そこを慎重に考えて欲しいと思う。

可愛がられることの大切さ。

心地よさ。

安定。

 

人を好きになったことがある大人だったら、わかりそうなことだと思う。どんなことだって出来る。そう思えるからだ。子供達は個人として愛し、愛される人が見つかるまで、今、1人出歩いていることを、思い出したらいいと思う。

 

大人になるまで、もう少しだよ。頑張れ。と思っている。

可愛がられて育つのが、子供には一番いい。いつか、誰かを可愛がれるようになる。

 

by Nagami Prep School 2017-04-25