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「努力」という怖さ、めんどうくささ

2018-05-29

「頑張りなさい。」という言葉、20年間1人の子供を育てたら、本気で何回、いうことでしょうか?

また、私は、、、親はそれを本当に言えるのでしょうか。

 

受験生をお預かりして、この言葉を言うたびに、勇気がいります。

自分が頑張っていないときは、絶対に言えません。

私は医者はやっていませんが、医学部に行き、勉強して、父親を早くに失くし、自分も病気をして、

「あぁ、この方は素敵だな。」と思うお医者様に幾人か、出会いました。

 

「頑張ろうよ。」なのです。「頑張りなさい。」ではなく、「頑張ってください。」でもなく。

 

他人に頑張って、とはそうそう言えません。

もういっぱい、いっぱいの状態かもしれない人に、それを言うのは、とても危険なことです。

「まだ頑張れる?」そう聞くことが精一杯です。それすら、ハラハラしています。

私が口にするときは、覚悟を決めているつもりです。

「信頼」とはそういうものだと思っています。

 

でも、「努力」をするのは、どうも皆、怖いようです。努力して、全力でやって、それでも認められなかったら、どうしたらいいんだろう、、。

そんな怖さが、端々に見受けられます。

 

「志望校を決めない。」そのことによく、表れています。

もうちょっと頑張ってから、決めたい。自分がまだ必死でないから、だから成績が悪いだけ、、。

そう思いたい。そんな様子です。そして、頑張ってから、伸びてから決めたい。そう思っているようです。

 

ですが、日はどんどん経っていくものです。「いつやるの?いつ本気になるの?」お母様方は、ハラハラします。私もそうです。早い方がいいに決まっていますから。でも、努力って、なかなか始められません。

 

目標を定めてから、ゴールまで。「努力」の過程にも段階があります。

 

最近は、行きたい学校がないのに、受験勉強を始めてしまっているケースがほとんどです。

やってみて、どこに行けそうか、、。その入り方が、まず良くないと思っています。

 

第一段階は、ここからです。

1、どういう人になりたいの?

2、それにはどの学校に進んだらいいの?

 

1は、なるべく抽象的にしておくといいと思います。「強い人になりたい。」とか、「遊びのある人になりたい。」とか、、。そんなのがいいのではないでしょうか。

 

わたしは雙葉中学を受けるとき、「品のある人になりたいからです。」と志望動機を語りました。

「この学校に来れば、なれると思っています。」そう言いました。

 

雙葉の卒業生に素晴らしい方がいらっしゃいました。私の家のお手伝いさんでした。

 

母が多忙な小児科医だったために、私の幼少期は散々でした。

お手伝いさんと家にいると、自分の家がくつろぐ場ではなくなってしまいます。

 

品のあるお手伝いさんは、昭和40年代には、そんなにはいません。下町のおばちゃんがほとんど。住み込みではなく、通いの家政婦さんたちです。

皆、気の好い人たちでした。でも、本当に「おばちゃん」だったのです。1~2年で変わっていくおばちゃんたちは、ある人は焼きそばが上手だったり、

ある人は目玉焼きが上手だったり。あはは、、と快活に笑う出っ歯のおばちゃんは、本当にいい人でした。

 

10数人のおばちゃんに、面倒を見てもらいました。

 

 

その中で、私が憧れた最後のおばさんは、目玉焼きも作れない(私が教えてあげました。)お掃除も慣れてない、でも、素敵な素敵な家政婦さんだったのです。

 

 

あるとき、おばさんは、ピーターラビットの絵皿をみて、その縁に書いてある英文を読み始めたのです。

”PETER WENT TO THE LAKE TO SEE IF…….”

???私にとっては、電撃でした。

 

「なんで英語が読めるの?もっと読んで、もっと読んで。」

英語がわからない私は、読んだことのない本棚の絵本を持ってきて、おばさんにせがみました。

綺麗なお声で、綺麗な言葉が、おばさんのお上品な小さなお口から溢れてきました。

 

「なんて素敵なおばさんだろう。。。。」

 

 

その晩、母に尋ねました。「あのおばさんは、どこの学校を出られたの?おばさんの通った学校はどこ?」

 

これが、私と雙葉学園の出会いでした。

 

おばさんは、訳あって家政婦になり、貧しい暮らしをなさっていましたが、雙葉学園の戦前の卒業生だったのです。

 

後に、おばさんのアパートへ遊びに行きました。お手洗いも、お風呂も共同の、すごく汚い4畳半のお部屋に、万年床のように布団が置いてありました。

でも、私はおばさんを嫌いになることもなく、それどころか、ますますおばさんに憧れ、そんな暮らしの中で貯めたお給金で、バレエの公演を観にいくという、おばさんの精神に惹かれました。

 

 

今も、おばさんは私の理想です。たった一人で、身寄りもなく、おばさんは老人ホームで亡くなりました。

 

いえ、亡くなったはずです。私は詳しくは知りません。

でも、老人ホームで、カーテンに仕切られただけのベット一つのスペースの中で暮らしていても、おばさんは、ホームの模範老人だったそうです。

 

 

人への憧れがあれば、人間は「努力」ができると思います。

結局、人間は、人間に惹かれ、人間に恋い焦がれ、人間に苦しみます。

 

いつも会いたい人、いつもなりたい人、それがあるから、努力ができるのだと思います。

会いたくても会えない人や、話したくても話さない人がいるから、私は頑張れています。

あの人のようでいたい、と、心から思った時、努力は面倒ではなくなります。

 

時々、頑張ろうよ、という時に涙が出そうになります。

自分に言っているからです。だって、そうじゃなきゃ、できないことがあるからです。

 

「こんな人になりたい。」強烈にそう思うこと。強烈に追い求めること。

それしか、「努力」の理由を知りません。

 

努力が怖いのは、きっと、負けるのが怖いからです。

そう言って努力しないと、必ず負けてしまいます。

 

自分が、「努力しなかった」という負け方だけは、しないほうがいいと思って、

なんとか頑張ろうよ。そう声を掛け合うのが、この塾です。

 

 

 

 

 

 

 

 

by Nagami Prep School 2018-05-29