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公立? 悪くないよ、ちっとも。

2018-11-16

 

たくさんの失敗をしてきた。

 

子育ては、悩みの連続だった。
長女の不登校。子供達の100回を超える遅刻。

子供のスイミング通いを支えにして、毎日の練習と夜遅い帰宅。

子供たちと肩寄せ合って生きていた母子家庭。

 

小学校の先生や、校長先生には随分と励まされた。「ごめんなさい。今、子供を学校に出すのが精一杯です。」
極端なことを言えば、「生きているのが精一杯です。」そんな子育て。

 

朝、疲れ果てて寝坊した。担任の先生からの電話が鳴る。

「お母さん、朝ですよ。起きてますか?」「は、はい!今から登校させます!」
こんな母親、どうですか? 笑。

 

失敗談にはキリがない。

 

その都度、公立の小学校、中学校、そして高校は温かかった。

5人の子ども、どの子も公立の学校に通い、助けてもらった。私も子供も。

温かい友達と、確かな先生方。様々な事情の中で生きている子供たち。

世の中が不景気だったり、人生が難しかったりするとき、公立の学校は温かい最後の砦だ。いいよいいよ、と優しい。

 

 

私立に行った方がいいのか、公立にいた方がいいのか、、。

悩む時があるかもしれない。

「一度行ってみればいい。」 娘が言う。

「行ってみないとわからない。駄目だったら変わればいい。」

 

やってみて、失敗してみて、変わっていく。「経験していく。」

尊敬するくらい、勇気ある若者たち。

 

これからどうなるか見当がつかない。

それでも最先端で悩んだり、困ったりしている子供たちは、本当にすごいと思う。私は先輩風は吹かせられない。本当にすごいな、と思う。

 

 

今、私立の学校が大変そうだ。「結果にコミットする?」なんだか変な感じだ。お金を出して来てもらったのだから、何かを約束しなくてはいけない、、。

そんな焦りが感じられる。残念だ。

 

 

私学は、教育を売らないといけない。

教え育む事よりも、その結果どうなったか、を一度売り出してしまったら、

後には戻れなくなる。「いや〜、受からない!!」先生方が嘆く。可哀想だ。

みんな、そんなに簡単には受からないのだ。

 

でも、人並み外れて優れたことをしないと認められないのは、今に始まった事ではない。どちらかといえば、今までの方が変だったのかもしれない、、。この50年くらい。

 

やりたいことをやりたいだけやって成功する?そんなわけはない。

今の子供たちの方が、成功には謙虚だ。

 

日本の学校には、正しい評価基準がない。

合格実績は、極めて危険。本当にその大学がいいのか、誰が何をもって判断するのだろう?

どれだけ立派な論文を出せる教授がいるか。研究大学ではそうだ。

教育大学では、どういう卒業生がどれだけ出るか。

どちらに進むかによって、選ぶ中学高校も変わってくる。そこを考えないといけない。

 

子供たちは慎重だ。自分についても。

だから、迂闊に努力なんてしない、、。

 

千葉大学医学部は、素晴らしい研究大学だった。

でも子供が通った津田塾大学や、学習院大学は、素晴らしい教育力を持っている。

どちらも、素晴らしいが性格が異なるだけだ。だから合格実績の読み方には、注意が必要だ。大学の先の評価基準は、就職、なのだろうか?

 

 

ところが、今の子供たちは、就職しても仕事を変わる。

次へ進む、という選択をする。そんな時に役にたつのは、「〇〇をしたい」という強烈な思い。

その思いの遂げかた、もしくは思い続ける勇気を、私は中学、高校で学んだ。

 

「思い続けていなさいよ。」校長様や先生方は、そんな言葉は使わなかった。

でも、「よく生きる。ということを続けなさい。」そう教わった。だから、同じことだ。私は私立の母校を愛している。でも公立の学校も素晴らしい。

 

人との関わり合いの問題なのだ。

 

結局、先生方に「助けてほしい、と頼むこと。」この協力体制を、子供のために作ることだ。それには親の方も学校に甘えること、頼ること、信じることが大切だ。

信じられた人は、そうそうは裏切らない。相手を敬う、労う。大切だ。

そうでないと、先生だって、やっていられないだろう。

子供たちに、助け合え、と教えているのだから、みんな助け合えたらいい。

みんな苦しくて生きているじゃないか、、と思えば、難しくはない。

 

 

昔、日本は、右肩上がりだった。懐が深くて、余裕がある人がいた。残念だけど、今の日本にはそれはない。

経済は難しい。成長しない時代に、どうやって生きていくのか、私たちは考えないといけない。今、どんな子育てが大切なのか、それを考えないと、教育機関は選べない。

 

若者たちは利口だ。
お金のかからない生き方をしようとしている。

SNSや、ネットワークを駆使して、人といる幸せを分け合っている。
Instagram、LINE、シェアハウス。デザインフェスタにインカレサークル。

メルカリや、メチャカリで、服や欲しいものを調達する。

 

 

親が求める合格実績ではなく、彼らが求める進学実績は何だろう?

子供にとっての幸せを、本気で考えていかないと、「いい親」とは呼ばれない。

密かに、ゾッとする。

 

 

 

 

 

 

なにがいいか、なんて答えはない。

2018-09-28

いろいろな選択の道がある。

私立の小学校、公立の小学校。中学受験か、高校受験か。

水泳教室通いと、選手コース。

学校の野球チームとリトル、シニアリーグ。部活動とサッカークラブ。

 

帰宅部だったら、気楽でのんびり。でも、友達との関わりは少ないかも。

一人の時間が多くて、そこは意外にいいのかな。

有名大学へ行けば、聞こえはいいけど、周りができるから結構大変。

でも、大学っていく意味あるなかな、、、。

 

迷うこと、回り道。それは、連続だ。

 

「こんなはずじゃなかった。」ということは、いつでもどこでも起こりうる。

「何がいいか?」には答えはなく、」、「何が良かったか。」後でわかる。

 

 

結局人生なんてそんなもので、行き当たりばったりの方が良かったりする。

その時に合わせて格闘しているだけで、目先だけの話なのかもしれないけど、

いるかもわからない将来の自分に合わせて、今の自分に我慢をさせても、、。

 

時間が経てば、『歪んだ自分」がそこに残る。

 

今の自分は「じゅうぶん、そこにいる。」未来の自分は、どこにもいない。

だから、問いかけるなら、今の自分だ。

 

「何をやっていたら、幸せなんだ?」 ”What makes you happy then?”

 

じゃあ、それをやっていくしかないじゃん。

最後はそこにたどり着く。

それでいいんじゃないの?

そんなことをよく思う。究極、、。

 

計算しても、計算通りにいかないから、結局安心なんて、どこにもないんだ。

 

 

塾生の作文を紹介しよう。

 

回り道

 

「回り道」という言葉に、悪いイメージを持つ人は多いだろう。逆に、「近道」という言葉には、ほとんどの人が、いいイメージを持つ。私も以前はそうだった。しかし、この半年間で経験したことが、私の考え方をガラリと変えた。

 

この半年間、私はとにかくたくさん悩んだ。そして、今もなお、悩み続けている。高校卒業後の進路が決まらないことが、私を悩ませ続けている。大学には行きたい。しかし、どうしてもそこに行きたい、と思わせてくれる大学には出会えていない。とても苦しい。

 

大学受験を意識し始めた頃は、「どの大学を目指そうか。」という会話を、よく友達とした。時が経つにつれて、そんな会話は少なくなっていった。周りは皆、志望校が決まり、自分だけが置いてけぼりを食らったような気持ちになった。志望校が決まらないと、推薦入試を受けるのか、一般入試なのか、入試科目は何にするのか、などの重要なことも決まらない。受験に向けた勉強の内容も定まらず、不安定なままである。私はこの半年間、時には推薦入試のために作文を書いたり、本を読むことに重きを置いた。また、ある時には、一般入試に備えた勉強をしてきた。そして今も、不安定な状態は続いている。しかし、大学選びや受験に対する考え方が、以前とはまるっきり変わった。

 

私は今、本読むことが、どんどん好きになっている。そして、作文を書くことにも、抵抗が無くなってきている。もし一般入試に向けた勉強のみをしていたら、今の私は無かったに違いない。いろいろな勉強方法をさまよい歩いたことは、回り道だったかもしれない。しかし、その回り道は、私にとって、決してマイナスではなく、プラスの回り道だったと言える。

 

私は未だに、志望校が決まっていない。そんな私の状況を見て、たくさんの人が助言をくれる。助言を聞いて、そしてまた悩む。「回り道をしているな。」とずっと思ってきた。しかし、今は、考え方が変わった。「私が一番いいと思う大学に出会う道は、今までに歩んできた道でしかない。つまり、近道も、回り道もなく、この一本の道しかないのだ。」と。

 

焦って近道を選び、後になって後悔するような選択は、絶対にしたくない。一方で、たくさん悩んで時間を費やした結果、自分にとって最高の選択ができれば、辿った道は回り道ではない。私は、自分が大学に入った時に、悩み続けた日々は、決して回り道ではなかったと思えるように、これからも、とことん悩み続ける道を歩んでいきたいと思う。

 

高校三年生、男子生徒

 

 

 

 

 

 

教室・・・入学の日まで

2018-09-09

教室を改装しました。

昨年の12月〜1月のことです。生徒さんは、雰囲気に敏感ですから。

塾らしくない雰囲気が気に入った。以前から、入塾の理由に挙げてもらうことが、よくあります。ながみ塾の雰囲気、なのです。

同時に、昨年秋、「永見塾」を改め、「ながみ塾」とロゴを変えました。塾の正式名称は、本当は「集い ながみ塾」です。

生徒さんにとっては、どうでもいいことでしょうけれど。笑

 

 

教室は、とても大事です。

 

気がついたことですが、どんなお子様も、いつかは受験生になります。いつかは、進学準備としての塾が必要になります。

残念なことに、公立の学校から、特に小学校から中学受験、中学校から高校受験、「塾、なしではむりだよね〜。」と、ベテランの先生でさえ

認めていらっしゃいます。ある都立進学重点校の校長先生は、「お母さん、バカ言っちゃいけませんよ。塾なしなんて、無理に決まってる。」

そうおっしゃったそうです。「塾はどこに行ってるの?」これは、公立中学の三者面談で実際に聞かれることです。

 

「では、どこの塾に行ったらいいのだろう?」「どんな塾に子供を通わせたらいいのだろう?」そう、お悩みになると思います。「自分が、ここでなら「伸びる」とお子さんが思える塾」を選ぶといいでしょう。

 

それは、残念ながら、この「集い ながみ塾」でなくてもいいのです。

 

現ドジャースの田中まさひろ投手は、高校進学時に北海道の高校、駒大苫小牧を選びました。冬場の雪のグラウンドは、誰にでも想像できるものです。

練習環境の問題を指摘したり、不足を心配する声が、後を絶たなかったそうです。でも彼は、「自分が一番伸びるのはここだ!」という強い思いに満ちていたので、迷わず、その高校を選んだそうです。

 

 

ここだ!と思わせるものは、何でしょうか?

 

 

私自身は、受験をするにあたって、通った塾はほとんどありません。中学受験の時に、地元の新宿区の小さな塾に通いました。

選抜された4人の男の子と、私が1人女の子。他の子と分けられて2階に上がり、小さな部屋で楽しく勉強しました。算数だけでした。

私と同じ落合第一小学校の子がもう1人。後の3人は仲良しの3人組で、隣の豊島区の真和小学校の子達。

 

やんちゃで、ちょっとカッコイイ沢井君。「爺さん」というアダ名の菅井君。鵜飼君は一番よくできて、確か、お医者さんの息子でした。

彼らは本当に楽しい人たちで、違う小学校の子に触れ合うこと、、これが随分と新鮮で、週に3回の塾通いは楽しい思い出です。

その時のクラスの規模、雰囲気、落ち着いた環境、それらが、この「ながみ塾」の原点になっています。

その時の塾は、教室自体はただの小さな部屋でしたが、その小ささ、こじんまりとした小さな雰囲気は、とても和めるものでした。

 

何か、自分がこれから今いる学校を離れて、新しい世界に飛び込もう、そういう準備、そういう意味合いで、受験勉強を始めなければなりません。いつかはどの生徒さんも、受験の準備が必要です。

「推薦入試、」AO入試であれ、面接であれ、「大学の先生を納得させるだけのもの」を、提示する必要があるのです。成績、小論文、志望理由、プレゼンテーション。それを作っていける場所。それも塾の仕事です。

 

進学した時に困らない人になる、それを目指して、小学校6年生、中学3年生、高校3年生が、頑張っています。

この教室で、学んで欲しいと思っています。「強い人になるということを。」

 

 

教室は、優しいものでなければいけません。

そして、指導は厳しいものでなくてはいけません。

たくさんの宿題を出すようなものではなく、私の指導は「自分でやれ」です。

それが間違いなく、一番難しいでしょう。

だから、教室をリフォームしました。何時まででもくつろいで自習できるように。

 

小さい塾は便利です。

なんだか疲れていても、そばに誰かがいます。ひとりぼっちの寂しさは勉強の妨げですから、人、がそばにいることはいいことです。

 

お友達の顔を見れば、辛い時も元気が出ます。

嫌なことがあっても、素直になれます。

うまくいかないことは、人間どうしの付き合いの中では、時々おこってしまうことかもしれません。

気分が悪い時は、塾でお勉強してみてください。

 

ちょっとコピーを取る合間にも声がかけられる小さな塾、小さいことはいいことです。儲けよう、と私は思ってはいません。

大事にしよう。丁寧にしよう。大切に扱おう、そう思っているだけです。だから、小さくていいのです。

 

 

教室、教室、教室。

 

自分のお家のような塾。それが私の理想です。

雰囲気と経験、は人を変えます。よく話し合っていきましょう。

結局は子育てなのではないか、時々そう思います。

であれば10年、20年、結果を待たねばなりません。

 

教室では、話し合い、困り、笑い合い、今日もみんなで学んでいます。

塾の教室の雰囲気を、栄養に変えてください。

思い出に残る教室を、続けていきたいと願います。

 

 

 

 

 

 

「努力」という怖さ、めんどうくささ

2018-05-29

「頑張りなさい。」という言葉、20年間1人の子供を育てたら、本気で何回、いうことでしょうか?

また、私は、、、親はそれを本当に言えるのでしょうか。

 

受験生をお預かりして、この言葉を言うたびに、勇気がいります。

自分が頑張っていないときは、絶対に言えません。

私は医者はやっていませんが、医学部に行き、勉強して、父親を早くに失くし、自分も病気をして、

「あぁ、この方は素敵だな。」と思うお医者様に幾人か、出会いました。

 

「頑張ろうよ。」なのです。「頑張りなさい。」ではなく、「頑張ってください。」でもなく。

 

他人に頑張って、とはそうそう言えません。

もういっぱい、いっぱいの状態かもしれない人に、それを言うのは、とても危険なことです。

「まだ頑張れる?」そう聞くことが精一杯です。それすら、ハラハラしています。

私が口にするときは、覚悟を決めているつもりです。

「信頼」とはそういうものだと思っています。

 

でも、「努力」をするのは、どうも皆、怖いようです。努力して、全力でやって、それでも認められなかったら、どうしたらいいんだろう、、。

そんな怖さが、端々に見受けられます。

 

「志望校を決めない。」そのことによく、表れています。

もうちょっと頑張ってから、決めたい。自分がまだ必死でないから、だから成績が悪いだけ、、。

そう思いたい。そんな様子です。そして、頑張ってから、伸びてから決めたい。そう思っているようです。

 

ですが、日はどんどん経っていくものです。「いつやるの?いつ本気になるの?」お母様方は、ハラハラします。私もそうです。早い方がいいに決まっていますから。でも、努力って、なかなか始められません。

 

目標を定めてから、ゴールまで。「努力」の過程にも段階があります。

 

最近は、行きたい学校がないのに、受験勉強を始めてしまっているケースがほとんどです。

やってみて、どこに行けそうか、、。その入り方が、まず良くないと思っています。

 

第一段階は、ここからです。

1、どういう人になりたいの?

2、それにはどの学校に進んだらいいの?

 

1は、なるべく抽象的にしておくといいと思います。「強い人になりたい。」とか、「遊びのある人になりたい。」とか、、。そんなのがいいのではないでしょうか。

 

わたしは雙葉中学を受けるとき、「品のある人になりたいからです。」と志望動機を語りました。

「この学校に来れば、なれると思っています。」そう言いました。

 

雙葉の卒業生に素晴らしい方がいらっしゃいました。私の家のお手伝いさんでした。

 

母が多忙な小児科医だったために、私の幼少期は散々でした。

お手伝いさんと家にいると、自分の家がくつろぐ場ではなくなってしまいます。

 

品のあるお手伝いさんは、昭和40年代には、そんなにはいません。下町のおばちゃんがほとんど。住み込みではなく、通いの家政婦さんたちです。

皆、気の好い人たちでした。でも、本当に「おばちゃん」だったのです。1~2年で変わっていくおばちゃんたちは、ある人は焼きそばが上手だったり、

ある人は目玉焼きが上手だったり。あはは、、と快活に笑う出っ歯のおばちゃんは、本当にいい人でした。

 

10数人のおばちゃんに、面倒を見てもらいました。

 

 

その中で、私が憧れた最後のおばさんは、目玉焼きも作れない(私が教えてあげました。)お掃除も慣れてない、でも、素敵な素敵な家政婦さんだったのです。

 

 

あるとき、おばさんは、ピーターラビットの絵皿をみて、その縁に書いてある英文を読み始めたのです。

”PETER WENT TO THE LAKE TO SEE IF…….”

???私にとっては、電撃でした。

 

「なんで英語が読めるの?もっと読んで、もっと読んで。」

英語がわからない私は、読んだことのない本棚の絵本を持ってきて、おばさんにせがみました。

綺麗なお声で、綺麗な言葉が、おばさんのお上品な小さなお口から溢れてきました。

 

「なんて素敵なおばさんだろう。。。。」

 

 

その晩、母に尋ねました。「あのおばさんは、どこの学校を出られたの?おばさんの通った学校はどこ?」

 

これが、私と雙葉学園の出会いでした。

 

おばさんは、訳あって家政婦になり、貧しい暮らしをなさっていましたが、雙葉学園の戦前の卒業生だったのです。

 

後に、おばさんのアパートへ遊びに行きました。お手洗いも、お風呂も共同の、すごく汚い4畳半のお部屋に、万年床のように布団が置いてありました。

でも、私はおばさんを嫌いになることもなく、それどころか、ますますおばさんに憧れ、そんな暮らしの中で貯めたお給金で、バレエの公演を観にいくという、おばさんの精神に惹かれました。

 

 

今も、おばさんは私の理想です。たった一人で、身寄りもなく、おばさんは老人ホームで亡くなりました。

 

いえ、亡くなったはずです。私は詳しくは知りません。

でも、老人ホームで、カーテンに仕切られただけのベット一つのスペースの中で暮らしていても、おばさんは、ホームの模範老人だったそうです。

 

 

人への憧れがあれば、人間は「努力」ができると思います。

結局、人間は、人間に惹かれ、人間に恋い焦がれ、人間に苦しみます。

 

いつも会いたい人、いつもなりたい人、それがあるから、努力ができるのだと思います。

会いたくても会えない人や、話したくても話さない人がいるから、私は頑張れています。

あの人のようでいたい、と、心から思った時、努力は面倒ではなくなります。

 

時々、頑張ろうよ、という時に涙が出そうになります。

自分に言っているからです。だって、そうじゃなきゃ、できないことがあるからです。

 

「こんな人になりたい。」強烈にそう思うこと。強烈に追い求めること。

それしか、「努力」の理由を知りません。

 

努力が怖いのは、きっと、負けるのが怖いからです。

そう言って努力しないと、必ず負けてしまいます。

 

自分が、「努力しなかった」という負け方だけは、しないほうがいいと思って、

なんとか頑張ろうよ。そう声を掛け合うのが、この塾です。

 

 

 

 

 

 

 

 

短い投稿・・・たまには。

2017-10-18

 

幸せな学校体験をプロデュースする。

それが私の仕事だ。

 

どんな人にも出会いがある。

かけがえのない出会いは人を救う。

だから、人と人が出会えるように、進学のお手伝いをすることに決めた。

 

また出会いは人だけではない。

音楽、映画、スポーツとの出会いがあるように、

書物、テキスト、学問との出会いがある。

良い勉強、良い学びとの出会いは、至福の時間をもたらすだろう。

 

あぁ面白い!たった一人でも幸せになれる。

友や師との共有の楽しさは、言わずもがなである。

 

勉強は続く。

宿題は、一生かけてやれば良い。

今を楽しく生きる。今を楽しく学ぶ。それが永見塾だ。

永きにわたって見ていこう。

自分の光を見ていこう。

 

今日も一日が終わった。

私のために祈ってくださる方のために、私もまた、祈ろうと思う。

 

今日の出会いに感謝して、明日を迎えたいと思う。

ありがとう。

あなたのおかげで、今日の一日が楽しかった。