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お勉強を治す。学習スタイルを治す。

2017-09-26

久しぶりの投稿だ。

あまりいつもいつも投稿をするのは、実は好きではない。一つ一つの投稿には、思い出がある。

誰が読んでくれるかわからないこのブログは、私と誰かの出会いの場である。

せっかく作った大事な舞台は、一夜の夢のようになって欲しくない。ただ、そんな気持ちだ。

今日も誰かが見てくれるかもしれない、と思うと、ブログの書き換えはこんな頻度になってしまう。

 

 

さて、学びを治す。ただす(直す)、ではなく、治すとした。

その心は、もともと持っている力に「戻す」に他ならない。

 

 

永見塾では、入塾テストはない。

厳しい塾、レベルの高い塾だと思って、「入れないかな?」と不安だった・・・とあるお母様から伺ったことがある。「紹介でないと入れない・・」そんなふうに思っていらした方もある。実際はどうかというと、そんなことは全然ない。ふらっといらした方。近所に引っ越して、周辺野宿を回っていられる方。様々である。

 

でも、もしかしたら一番多いかな、、と思われるのは、「それまでの塾で、うまくいって来なかったご家族。」「勉強が嫌いになってしまった子。」そんな気がする。

 

そんな時、「スタイル変えてみませんか?」そう提案している。

 

大手塾の仕事は、全部断った。企業利益に縛られたくはない。小さい頃、童話で読んだ「街の靴屋さん」あのイメージがいい。

私は、お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そんなものを兼任する先生の端くれになりたい。それは、塾だからできる、そういうものかもしれない。小さな塾だからいい。

 

永見塾では徹底して、「勉強の仕方」を教えている。家にいる時間が最も長いのだから、当然だ。大手の塾はその対極にある。なるべく塾に来させようとする。

どちらがいいのかは、お好み次第だ。一人で勉強できるようになれば、お金はかからない。都立高校、国立大学に息子2人は進んでくれた。感謝しかない。私立が悪いわけではない。

 

ただ、理系は国立がいい。使える研究費が違いすぎる。私がいた千葉大学医学部はは、戦前の旧六帝国医大が前身だ。その伝統と教えの凄さは、語るまでもない。自信を持って、すごくいい大学だった、と思っている。余裕。雰囲気。伝統。考え方の随所に、重みがあった。

 

 

先輩から習ったことがたくさんある。

「努力っていうのは、一方向にしなさいよ。」

テニスのサーブを強打しては、ラインオーバーのアウトとネットを繰り返す私に、そう言ってくれた。

 

「さっきから見てるとさ、①強く速く打ちたいの?②ラインに入れたいの?③アウトが怖いの?ネットが嫌なの?ずっと見てたけど、何にもわかんないんだよね。」

こういう指摘。確かに、「速くて、強いサーブを、ラインぎりぎりに打ちたいわけだ。ネットをすれば嫌だし、ネットを恐れれば、アウトする。」欲張っていっぺんにやっていた。うまくいかないからやめる訳にもいかず、また練習はするものの、うまくはいかない。でも、自分では工夫しているつもりで、また練習する。

 

この「繰り返し」は、思考停止でしかない。考えることが面倒になり、惰性で練習していたかもしれない。「ウマクナラナイナァ・・・」と。なんて面白いこという先輩だろう!

こんなことが日常茶飯事だった。何をやっても、学びに繋がった。どんな人にも、ものすごく勉強になる大学だと思っている。

 

 

この「努力は1方向!」は、小学生、中学生、高校生みんなの合言葉である。成績をいきなり上げようとしない。アゲルではなく、アガルように、一つずつ直して行くのだ。

 

必ず一つずつ。だから親御さんには待っていていただく。「今、一個ずつやってるの。最後にぜーんぶ綺麗に直るから、楽しみに待っててね。」可愛らしい声でお子さんが言うと、どんな親御さんにも、待ってくださる。それが本当の応援であることを、みんなちゃんと分かっている。  ただ、不安なだけだ。そういう言葉がない時は。

 

計算にしろ、読解にしろ、英語を読むときも、理科や社会の問題を解くときも、どんな場合も、「初めはゆっくり」だ。絶対に間違えないスピードを覚えさせる。絶対だよ!大丈夫?と声をかける。ゆっくり、ゆっくり。

 

読解もそうだ。とりあえず読んで失敗している子が多い。最悪の「戻り読み」。これは駄目。国語の場合は、「どんな読み方をしているか」、は解答に現れるのだが、「読めてない」という形でしか目には見えないから、教えるポイントが分かりづらい。でも、教えるポイントは、確かにある。一緒にじっくり問いかけながら読む。そうすると、初めて、本当の「読み方」を教えられる。ほとんど親子のように、心の通った時間を過ごす。一方向に努力していれば、必ず前進する。

 

 

学習スタイルは学びの原点。これ以上大事なことはない。東大、東京外語大、慶應、そういう学校に進む子は、学びのスタイルがいい。それは、誰もが言う言葉だ。

「学問」といえば、どの学校にも個性がある。娘は学習院で、いい学びをしている。

 

 

大学の価値においては、偏差値はほとんど関係がない。

 

大学というところでの学び方は、もっとダイナミックだ。高校までの成績や、点の取り方にも現れ内ではないが、もっと力がないと学びが続かない。

爆発的に、「自分でもっていく力」が欲しい。グイグイと、音がするような勉強の仕方。アレヨアレヨという間に、どんどん拓けて行くような。そんな学び方に治している。

 

本来、人間には、特に子供には、そういう学び方が宿っている、と私は信じている。

 

余談だが、「ひらく」という言葉は、「啓く」と書ける。「人を教え、導く」という字だ。分からなかったことが、わかるようになる。

「人を啓く」そんな学び舎に、足を進めて欲しいと思っている。

 

 

 

余談・自分の話

2017-05-28

 

永見塾は、私の人生である。

だから、今日は自分の話をしよう。

 

ブログを読んでくださるのは、何も塾探し中の方ばかりではないだろう。

疲れている方、何か困っている方、塾の生徒さんのご父兄。読んでくださる方にとって、勇気になる言葉が書けたらいい。

 

 

私は新宿区の落合で育った。生まれは神田。3代目の生粋の江戸っ子だ。父は深川の神童と呼ばれた秀才だったそうだ。昭和4年生まれ。

終戦の時に16歳。まさに少年時代を戦乱の中で過ごしたことになる。母にしても同様。昭和6年生まれの母は、6歳離れた幼い妹と、親元を離れて疎開をしている。

「東京モン・・」と揶揄され、いじめられたそうである。

 

この2人が、戦時中を多感な少年少女として生き抜いた話は、私に大きな影響を与えている。

3月10日の東京大空襲を、父は火の海の東京で経験した。熱く煮えたぎった隅田川に、灼熱に耐えかねて飛び込む人を、何人となく船に拾い上げたそうだ。

母は、14歳。翌朝、東京が焼けたと知らされ、親、姉妹の全滅を覚悟したそうである。幼い妹を抱え、これからどうやって生きていくか、そればかり考えたと言っていた。

 

父は戦時中、尋常小学校の級長だった。学徒動員に連れて行かれることに反論し、「学生の本分は、学業である。」と言って、思いっきり殴られたと聞いた。

毎日毎日、鋲を打つ単純作業の中に、目的のない作業の醜さを嘆いた勤労日誌が残っている。生活、普通の生活が、いかに美しいか、彼はのちに書いている。

戦後は旧制第一高等学校(今の東大駒場教養学部)に入学、寮歌を歌い、人生を語り、麻雀をし、ドイツ語で恋文を書く、そんな学生生活を謳歌している。寮生活はたったの一年限りだが、

「阿呆ばかりが、よくも集まったものよ。」と互いに笑い合いながら、人生を語り、文学を語り、日本の将来を案じて語り明かした。そんな至高の一年だったと聞く。

それから一年浪人して、東大文一に父は進む。よく、幼い私に、「お父さんは失敗したなぁ、、。文三に行けばよかったよ。格好つけて法学部に進んでも、好きだったのは文学なのだからね。」

そう語っていた。「あなたは、同じ失敗をしちゃダメだよ。好きなことをやりなさい。一生好きで勉強し続けることが、幸せなのだよ。」と諭してくれた。彼の東大での授業のノートが、

今、私の手元にある。当時多くの学生が聴講希望で殺到した、吉岡教授の世界史のノート…。人間の歴史をどう見るものか、、淡々と記されている。達筆すぎてそうそうは読めない、当時の宝の言葉が蘇る。

 

 

私自身は、幼少の頃から、猛烈な寂しがり屋だった。母は、10代の決心が影響したのか、女子医大に進み、小児科の医師になっていた。

当時は、母より上の年代の女医さんで、結婚した人はほぼいなかったと言っていた。母自身は33才で結婚。もちろん当時としては、極めて高齢だ。

一旦退職し、年子で子供を産んだ。子育てをしていた際に、ふと同僚の活躍のニュースを耳にして、悔し涙を流したというから、根っからの仕事好きなのだろう。

私が2歳の時に復職をし、以来勤務医を15年は続けている。だから、私は、いつも母恋しい子供だった。その思いは、いつも空振りに終わったけれど。

なんでも独りでやろうとするindependenceはこれにより得た。無論勉強もだ。家にはお手伝いさんがいたが、子供には目もくれず家事をしていた。

週に3回午後になると、おじいちゃんが来てくれた。80過ぎの高齢なのに、一緒に和室で「高オニ」をした。肉親の温かみを家に置いておこうという母のideaは、情緒の安定にありがたかった。

 

 

こんな生い立ちであったお陰か、私はよく本を読んだ。気が遠くなるほど長い1日が続く夏休みは特に、学校がないことが苦痛だった。母の出勤に合わせて、私は7時に起こされる。あまりにも暇な毎日。

父の本棚のある書斎に行っては、そこにある読めそうな本に、次々に手を出す。それが楽しみだった。今でもよく覚えているのは、「処女峰アンナプルナ登攀記」「パプアニューギニア探検記」。異質な空間であるジャングルを突き進む話、苛酷な雪山での一か八か、命懸けの一歩。

これらの本が、読書の本質を教えてくれた。異次元、異文化体験。これは日々の楽しみになった。

 

 

子供の教育において、与えすぎはどうかと思う。

特に、「やるべきこと」を指示し続けるのは、実は大変危険なことだと思う。ぼーっとする時間、何をしていいか、よくわからない時間、そういう空白の時間にこそ、

子供の創造性が発揮される。子供は、つまらない時間を面白くする天才なのだ。おもちゃや、ゲームや、お教室はいらない。 紙と鉛筆。石ころと葉っぱ。

そんなもので十分に、子供は遊びを発明する。私はブロック遊びが好きだった。だが、今のレゴブロックには、違和感を禁じ得ない。「なんでお手本があるのか。」

今の世の中、子供達は「暇な時間」を持っているだろうか。私はこの点をとても危惧している。

暇は最高のtriggerなのだから。暇を与える教育をしている人を、私は尊敬している。

 

 

小学校では学業はよくできた。

何しろ学校だけが楽しみなのだ。平日の家はつまらないし、習い事もピアノだけ。何があるわけでもない毎日なのだから、学校での学びが最高の出会いとなる。

あぁ、面白い!!こう思って聴く授業は、それは頭に入るだろう。作文が得意だった。それも当然と思っていい。だって、「いつも聞いてくれる人を求めていたから。」

ねぇねぇ、、と話せる母、父。代わりに私は作文を書いた。先生のコメントだけが応えてくれた。

 

 

4年生の時に「ビルマの竪琴」を読んだ。この感想文がコンクールに出る。

前年に読んだ「ガラスのうさぎ」は、悲しく怖すぎた。しかしながら、再度、意を決して読んだ戦争の本だ。

映画を観、劇も観た。読書のさらなる深みを知った。「読んだ後に、考える」ということだった。

 

こんな私が6年生になった時、当時の公立小学校の担任の先生から、私は中学受験を勧められた。なんともおかしな話かもしれない。

私が実母の様に慕っていた恩師は、私のことを思ってくれた。「競争に勝てる子かもしれない。でも、普通の学校に行かせてはいけない。あなたは自分の子を見ていない。」そう母に説教をしたそうだ。寂しさを口にすることができずに、円形禿を作ったり、過敏性の腸炎になっていた私を、先生は救ってくれた。勉強ができることが全てではない。そういう教えを受けた。

 

いつも綺麗な心でいる。そういって褒めてくれた。

 

「感受性と観察力」私が勉強において最も大切にしていることは、この先生が授けてくれたものだ。

彼女は今も、私の原点である。私の仕事、子育て、生き方の原点なのだ。

「子供は一人一人違う。だから、それぞれに違うことをする。真の平等とはそうしたもの。」こう、生徒たちに説いていた。

 

私は、かくして勉強をし、雙葉学園に進学した。自分で理科と社会を500ページずつをノート一冊にまとめる。これが私の受験の勉強法だった。

なんでもいいから、一冊全部を見る様に。誰からも習わず、自分でやってご覧。これが敬愛する先生のお言葉だった。偉大な先生は、裁量が違う。「マサエチャンナラデキル」こうつけ加得ることを忘れない。さすがに必要と、算数は塾で習う。国語は勉強の必要がなかった。これには大いに助けられたと思う。今も私が読書を強烈に進めるのはここに理由がある。

 

「受験」はどんなものであれ、「試験」は何を扱うものであれ、どれだけ本を読んできたかが、決定打になってしまうのである。小手先ではなく、読書によって培われた力は、覆しようのない力なのだ。ここでもまた、子供に「暇」を与えているかが問題になる。  確かに、お友達と遊ぶのも大事なことだ。協調性なくしては、現代は生き抜けない。ただ、個々の力あっての協調性だということが、おざなりになってはいないだろうか、、、。powerfulな個は、絶えず世間から求められている。暇は、なくてはならない個の源だ。

 

 

その後、週に一回、幻の名塾「日本進学教室」に通うことになったのも、この先生のおかげだった。受験票を用意してくれたのは先生だった。ここは楽しかった。毎日曜だけの塾。東京都中から集まる才媛才子に揉まれて、数列や数の面白みを知った。

 

民話に、キツネやお地蔵様や、いろいろなものが不思議を起こす話がある。志賀直哉の「小僧の神様」さながら、私にとってこの先生は、仏様か女神様だった。どうしてここまで私を知っているのだろう?なぜ、こんなに私に道が示せるのだろう?頑張っていれば、神様がプレゼントをくれる。そう信じる様になったのが、この先生の存在だった。

 

中学高校での日々は、毎日が最高の授業の連続だった。面白すぎる、と思った。あまりにも素晴らしい授業を受けて、満足至極。

ある日、ふと、「他のお友達が誰一人学校に来なかったとしても、私は一人でもここに来よう。」そう思ったことがある。素晴らしい授業は、授かりものだ。その内容の一つ一つを、今、塾で教えている。永見塾では、全教科を、この授業体験を元に作成したテキストで行なっている。

 

日比谷高校に学んだ息子が、よくこう言っていた。

「基本的に、日比谷の先生は、お母さんと同じことしか言わないよ。」

日比谷の先生には申し訳ないし、口幅ったい言い方だが、要は、なにが素晴らしいといえば、雙葉の授業が素晴らしかったのだ。もちろん日比谷高校も。

 

 

良い学習体験は貴重だ。また、良い人との出会いこそ、人生のご飯だ。エネルギーをもらい、扉を開ける。それには、人との出会いが要る。

 

 

永見塾は私の人生の場だ。

私の目標は、出会いをproduceすることだ。

一人一人の子供さんに、縁あって出会うことが出来た。

本当に、みんな可愛い。

そしてその子たち一人一人を、待っていてくれる先生がいる。

その子だけの仏様、女神様。そういう存在に出会えたらいい。

最良の出会いをもってほしいと願う。

そうした思いで、進路相談をする。

 

私はその後、千葉大学の医学部で学んだ。さんざん英語の勉強に明け暮れ、シェイクスピアにハマり、英語ばっかりに打ち込んでから、自分の性質に気がついた。

理系の方がいい。そう思ったのは高校2年の終わりの時だ。そこから方向転換ができたのも、雙葉学園の素晴らしいところだと思う。

大学入試に向けても、自力で参考書をまとめることをした。同じ手を使えばいい。そういう自信を持っていたことが、努力の方向に確信を与えた。中学受験の思い出が味方したと思う。

 

 

6年学んで医師免状を得たが、私は入局しなかった。入学直後に父親を亡くし、人生を考え直したかった。その思いが6年間つきまとった。

今も、その時の疑問には答えが出せていない。「人間の幸せって、何だろう?」

 

ただ、私にとっての千葉大学医学部は、大きな学びの場であったし、かけがえのない出会いのあった場所だ。その人に会うためにそこに行ったんだ、と思える人に出会った。

それが生きる支えになっている。大学とは、人と出会う場所だよ。私はいつも、そう言ってきた。

 

人とはどうやって生きていくものなのか、、、それはまだまだわからない。どうしたらいいか、途方に暮れる。

あんまりわからなくて、嫌になってしまうこともある。どうしたら、いいのかな、と。

 

 

ただ、そういう中でも、「今日勉強できる幸せ」を、父や母から学んできた。

生きていて勉強できるんだから、幸せだよね。

そういう塾になっている。

 

わからないことだらけの世の中で、何とか必死にすがりついている自分がいる。自分がすがりついているものが、何であるかもわからないのに。

どうやっって生きていくのか、まだまだ勉強しないといけない。

 

勉強はずっと続く。

 

 

 

 

 

 

 

個人として可愛がられる

2017-04-25

前回のブログで、大切にされることの大事さを書いた。

大切にされた経験が、心に染み入る。

 

ブログを見たから、と言って入塾しに来てくれた方が多かった。伝わったこと、期待してくれたことが、純粋に嬉しい。

今日も大事な永見塾の考え方を記そう。

 

頑張りためには、大切にされることだ、と述べた。しかし、頑張った先に成功はあるのか。「能力がつき、伸びる」ところまで行くためには、大切にされるだけでは足りない。長い間の努力が必要になる。途中で諦めてもいけない。

 

成長と達成はどう促されるのだろう・・・?

 

そんなことを考えていたら、娘の一言がヒントになった。

「まま、先生たちね、私のこといつも、名前で呼ぶの。」

 

塾では、生徒さんは皆、名前で呼ばれる。小学生はさらに、エドワードとか、フランチェスカとか、ジョニーとか、色々な別名を持っていて、これがかなり、イメージぴったりで楽しい。みんな気に入って使っている。和気藹々となってくる。

 

部活動に夢中になる子供達。友達ができる。みんなと居られる。それも嬉しいだろうけれど、もう一つ、嬉しいことがある。「先生に名前でよんでもらえる」ことだ。スイミングもそうだった。名前で呼んでくれるコーチとの結びつきは子供達にとって、とても太い心のリード線だったろう。でなければ、あのきつい練習についていけたはずがない、、、。

 

「個人として可愛がられる。」このことが与える影響は大きい。

これは、親に可愛がられることだけではない。

 

むしろ、親以外の人に個人として認められ、可愛がられる。この体験の持つ意味が、とても大きい。

「親に可愛がられただけでは伸びきれない時。」…そんな時があることを、子供の5人育てて知った。どの子にも、そういう時期があった。そして悔しいかな、子供の背に羽をつけて大空に飛び立たせたのは、母である私ではないような気がした。私以外の誰かの助けで、力を得て子供は壁をよじ登った。飛び越え、進み、飛び立った。

 

成長する我が子が、頼もしくも思え、羨ましくもあり、、、。先生に助けられ、コーチに可愛がられて、子供は最良のエネルギーを得た。親の役目の区切りだと思った。

 

「個人として可愛がられる」 話を戻そう。

 

可愛いと思われることは、安心を与える。無条件に思われることだ。

何かができたからではなく、「何をやっても可愛いやつだ。」と言われること。「いい子だね」と言われて嬉しくなった子供の頃の経験を、人は、どこかでずっと、持ち続けていると思う。

失敗をしても、可愛いものは可愛い。親以外の人、先生、コーチ、監督、図書室の司書さんにも、子供は嬉しそうについていく。安心して羽を伸ばす。

 

良い先生や、良い師には、生徒や弟子を可愛いと思う力がある。

 

「あなたはいい子ね。本当にいい子ね。」そう言われ続けた小学校での日々が、その後の私の失敗を乗り越える底力を生んだ。「マサエちゃん」と名前で呼ばれた経験が、力となり、柱となった。

 

どんなにすごい進学校に通っていても、最近の子は塾に行く。

必要なのか、と考えたら、学習内容からいえば必要ではないはずだ。「塾、いらないんじゃない?」そう思うこともある。

 

そこに、答えの一つがあった。名前で呼び合う仲間。呼びかける先生。どこの学校か、どんな成績か、学校の関係ない。クラブも関係ない。そういう個人になれるところ、それが塾なのかもしれない。

 

永見塾では、「計算ミスをするクセ」を治す。見張っていて現行犯逮捕をするのが一番いい。英語のスペルにしてもそうだ。ピッタリ張り付いていて、ミスした途端に、顔を突っ込んで、「ほらヤッタァ!」と指摘する時、みんなとても嬉しそうだもの。「こうやるから、いつも間違えるんだヨォ。」これで計算ミスはピタリと止まる。愛情のもんだいじゃないか、、そう思う。大切に可愛がる感覚で、計算をしよう。

 

ただ、これが親子ではうまくいかないのが難点だ。親では嫌らしい。困ったな。

これが10代だ。親じゃない誰かが、担う役目なのだろう。可愛がる役だ。ずっと張り付いているのは大変だが、「見てるよ」メッセージの力は大きい。

 

学校は公平を期すところだ。平等という言葉に縛られる。みんな同じに扱わないと。本当はそれは、真の平等ではないかもしれないが、同じにするためには、「みんな」が必要だ。

「みんな」になってしまった時、個人として可愛がられることはない。

 

今、学歴ではなく、塾歴社会だと言われる。

塾では個人として可愛がられる。先生はどんな子か、、で動くからそれがいいのだろう。出来るからいいのではない。出来ないから可愛くもあるのだ。

 

可愛いという思いの支えは、どんな子にも大きいと思う。

本来学校もそうあるべきだと思う。

 

人はまず、可愛いがられた方がいい。今の学校は利益重視に動いてはいないか。システムの一部になってはいないか。結果を出さねばならないしがらみに、苦しく縛られてはいないだろか。実績につられて受験した学校で、果たして子供は可愛がられるのか。そこを慎重に考えて欲しいと思う。

可愛がられることの大切さ。

心地よさ。

安定。

 

人を好きになったことがある大人だったら、わかりそうなことだと思う。どんなことだって出来る。そう思えるからだ。子供達は個人として愛し、愛される人が見つかるまで、今、1人出歩いていることを、思い出したらいいと思う。

 

大人になるまで、もう少しだよ。頑張れ。と思っている。

可愛がられて育つのが、子供には一番いい。いつか、誰かを可愛がれるようになる。

 

スタートの時期

2017-02-27

毎年、この時期は、春を迎えて新しいことが始まる。

 

永見塾の考え方を紹介したいと思う。

どこのご家庭だって、経済的にかけるお金と「得られるもの」のバランスは関心の対象だと思う。「お金に見合うものが得られるのか。」大切なことだ。

 

日本の子供たちには、各段階で「受験」というフィルターが存在する。

幼稚園から何もなく、、そういう人は数多くはない。

 

この「受験」のための勉強を、私は「受験準備」と言いたい。

これに、本当に必要な時間は、果たしてどのくらいだろうか。

 

大手の塾は、生徒募集に躍起な時期だ。私も大手の塾でアルバイトをほんの少しの期間したことがあるから、生徒をとにかく集めよう、進学しても離さないようにしよう、、とそういう時期であるのは知っている。

 

でも、生徒って集まればいいのだろうか。

 

永見塾の生徒さんたちは、大事にされることを望んでいる。

大事にしてあげることが、とても大切だ。

人は大事にされた時に、初めて「自分を大切にする。」私が雙葉学園で学んだことだ。

 

「あなたの隣の人を大事にしなさい。」「自分を大事にしなさい。」

このことを何度も教えられた。それは、イコール、自分を大切にするということだ。

 

こういった学びは、生きていく中で非常に大切なことで、この気持ちの芯があるからこそ、できることがある。

だから、私は、「自分を大事にして。」と生徒さんによく言う。同時に、親御さんには、子供に「ダメね。」と言わないで、、。そう頼む。

 

ダメだと思わせていいことなんか、何一つないからだ。

 

「本当はいい。でも、やり方がちょっと悪かっただけ。」そう思った時、改善が始まる。成績だって、取ろうと思えば、結構取れるものだ。大事にしてあげた後で、学力はついてくる。よく、「どこそこの塾が良かった。」と言う声を聞くが、それは、塾が良かったのではなく、「その子が良かった」のだ。でも、その子がそうした 「気分=よしっやるか!と思える気持ち」 になれたのは、その学校や塾に満足できたからだろう。勇気がなければできない。頑張ることは大人でも怖い。大事にしてもらうことが、まず初めにありきだと思う。

 

永見塾を阿佐ヶ谷に開いて10年、入塾時のお母様方の多くの嘆きは、「子供ができるようにならない。」ではなく、実は「やる気になってくれない。」だった。

 

「うちの子は、勉強が嫌いなんです。」「学習習慣がないんです。」やる気になって、嬉々として勉強する姿こそ、お母様方の不安解消に一番だ。

 

「大丈夫です。」と私は言う。一生懸命に教えて、勉強が面白くならなかった人は、今まで思い起こしても、まずいないからだ。やれば面白い。でも、まず、やってくれるようになるかならないかは、「どれだけ大切にしたか。」だ。「どれだけ要求したか」ではない。

 

大事にできる「人数」と言うのも、これからは大切だろうと思う。

もちろん切磋琢磨も大事だ。人のふり見て我がふり直せ。だから、3〜8人のグループ授業が、小学生には、一番いい。

 

 

中学受験は、5年生からで十分だ。週に3回通うならば、本当に十分。6年生の夏からでも、学習院に合格できたお子さんもいる。大妻に入った子は6年の4月。明大明治でも、5年生の夏近く。女子学院のお子さんは、4年生の後半からであったが、週に1回。5年になって、週に3回。

あんまり言いたくないが、大手の塾で疲弊したお子さんは、正直いって伸びない。早ければいいと言うものではない。私自身は、6年の4月。算数だけを習ったが、雙葉に入ることは難しくなかった。そういう方法があるのだ。「自分で勉強する方法」、、それを教えている。

 

解放と、専念。メリハリが大切だ。だらだらと習い事付漬けのお子さんは、どこかで遊ばせないと、中学受験が終わっても、その後が良くない。なんとなく、自分の子供が遅れをとらないかと、お母様が勝手に漠然とした不安を抱き、そのせいで、いらぬ塾通いで、いらぬ勉強をしてしまっている子が多い。これを直すのは、結構大変なのだ。

 

多くの私立中学の先生方が、この点を指摘し始めた。「個人塾の出身の子の方が、明らかにいい。」と共立女子中学の先生方はおっしゃった。総合入試C日程を経て入学したお子さんは、圧倒的に個人塾の子が多いそうだ。思考型の問題は、少人数で指導しない限り、できるようにはならない。思考を膨らませる議論ができないからだ。そして彼女たちの23%が、実に評定平均4・0を超える成績を出し続けると言う。全体から見た7%に対して。

「喋らせる=考えさせる」なのだ。今年も1名合格をいただいた。活躍が楽しみだ。

 

今、入試が激変している。これに合わすには、塾も小人数制を取るしかない。合格の仕方を知っているいい講師に、1人〜3人で教わることが一番、実は費用対効果が高いのだ。

 

今年度、都立豊多摩高校に推薦入試で入ったお子さん、慶應志木高校に自己推薦40名で受かったお子さん。別に、「コン常くん」でもないし、成績が5ばっかりでもない。(コン常くんとは、コンクール常連くんのことを言うのだ、と息子に教わった。東大推薦組にはたくさんいるそうだ。)

でも、自己アピール試験で、見事に、高倍率を突破した彼らは、明らかに「人と話す能力」に長けているし、「発言の力」がある。それはもともとであったとしても、受験の準備をしたから発揮できたものだと思う。

 

言わなければ、今のお子さんは新聞を読まないし、時事問題に関心などない。世界に目を向けた、「グローバル人間を育てたい。」と宣言している学校を受験するのに、新聞を読まない子供では、話にならない。でも、「世界」は実はほとんどのお子さんにとって、遠い。永見塾では、そう言うもの、思考のタイプ、好み、そういったことにも、啓発を試みている。

「うちの子は変わった。しっかりした。」と言う声を聞くと、ホッとする。これから荒波に乗り出すのだから。

 

多くの人の考えに耳を傾ける。学校の授業を大切にして、そこから一歩先に考える。そういうことが大切なの。自分を育てることなんだよ。何を読んだかで、人は決まるんだよ。

そのような言葉かけをし続けること。そして実行させること。これが、受験準備だ。自分がこれから受験をしていく学校が、真に求めている人になる。そのことはシンプルだし、理解できるはずだ。その労作は、「努力」と言うよりは「狙ったものを一本釣りする楽しさ」でもある。

 

なりたい自分になる過程に、進学する学校があり、受験がある。

 

高校入試であれば、極端に言えば、この時期、中学2年の3月には来て欲しい。よその塾からの転塾も含めて。とは言え実際には、転塾の機会は、夏休みまである。諦めないでほしい。惰性から生まれるものはない。

以前にも書いたが、中学2年の夏の終わりが、高校入試準備のベストの時期だと思う。秋でもいい。のんびりとスタートが切れる。

英語を仕上げて春を迎えることができる。中学2年は、週2の通塾で十分いける。

英検の2級を取れるお子さんが、毎年1名はいる。今年はICU高校に進んだお子さんは、中2で取れた。そう言う英語のやり方がある。これは楽しいものだ。

 

大学受験のために、永見塾を利用する場合は、遅くても高校2年の初めには来て欲しい。もちろん、それ以後でも仕方はないが、高校2年の夏〜秋までに相談があると、プランが立てやすい。実際そのくらいの時間を、大学入試では要する。

今年は、東京外語大学を2名受験した。さぁ、結果は・・・・?

 

 

多くの塾が、営利を目的にしている。

だから、小さい子からお金を取ろうとする。

 

でも、子育てをしたことがある人なら、必ずわかるはずだ。過度の緊張を強いられて来た子は、必ず顔の表情に出る。私立学校の先生方の眼は、節穴ではない。情緒不安定なこのノートの字は、フラフラしていることがほとんどだ。答案は嘘をつかない。記述をさせれば、実力は一発でわかるし、思考が偏っている子は、受からない。

 

もっと言えば、面接のある学校では、「ひとめでわかる」そうだ。「人生への満足度。家族への感謝。」こういったことを大切に見ている学校は、まさに、「人を育てる学校」だ。勉強ができても、親御さんの方に気になることがある場合が多い。聖心女子学院に、これまで2名、合格している。5年転編入だ。今年は青山学院初等部なども2名受験している。受験事情は大きく変わっていると思う。皆、様々な受験の機会を求めている。

 

その子にあった時期は、人それぞれに異なるので、編入試験を試みるご家庭は、実は少なくない。また、こちらからお声かけをすることもある。思いがけないチャンスに向かっていくお子さんは、なんでもなかった日常に中に、実はチャンスは転がっているんだ、と知ることになる。毎日の努力に、ある日突然スポットライトがあたることがあるのだと知って、日々の振る舞いが大きく成長する。

 

 

もう、マンモス校は流行らない。そこで浮かび上がれるのはほんの少数。細かく、きめ細かく人を育てるしか、少子化の時代にはないのだ。少ない子供を大事に育てる、そう言う学校を選んでお勧めしている。

 

小さい時から、「自分で勉強しないから」といって、塾に通わせないで欲しい。

自分でやらない人が、人にやらされても、そんなことで何かを覚えるはずがない。

「適当な時期まで待つ」親の賢明さがとても大切。懸命とは違う。とは言え、不安になるのが世の中なんだろうな、、。ここが難しいところだと思う。

 

大丈夫。と、また、言ってしまい、身が引き締まる思いである。引き受けるとは、重いことだと思う。

 

 

 

 

作文・編入クラスへようこそ。そして、大学推薦試験!

2016-11-10

前回、大学入試から中学受験まで、入学試験が様変わりであることを、お伝えいたしました。

もちろん、これはとてもおおきな変化ですし、さらに、今まだ、その変化の真っ只中!ですので、とてもとても、一度や二度では語りつくせません。

 

ここ数年、永見塾では、

 

小学校の編入試験 ・ 帰国編入試験 ・ 推薦入試 ・ 大学AO・公募推薦 

 

こういった試験対策や、フォローアップ、学校紹介と進学相談 ・・・などを多くさせていただいています。

小学校では、5年編入試験に2名、帰国生は、小学校はもちろん、中学1年〜高校2年まで、数多くのお子さんと、先方の受け入れ校との間にはいって、入試対策を行なっています。

 

 

実際に、このニーズ、ご相談はどんどん増えています。

 

みなさま、「どういったチャンスがあるのだろう?」というご関心をお持ちです。切迫して、どこか探さなくちゃ、という方もおられます。でも逆に、「こんな可能性があったんんだ!」と、おご両親様も、ご本人も気がつか泣いておられた、「その子の良さ」を、私たちがひょんなことから見つけられた・・・そんなケースが増えてきています。

 

学校のご紹介も、多く手がける様になって参りました。

 

 

それとともに、いろいろな学校の先生方や、副校長先生、広報部長の先生方と知り合うことができて、「先生、うちの塾に、素晴らしい生徒さんがいらっしゃいます!ぜひ、貴校を受験させていただきたいと、ご両親様もおっしゃっています。」という様に、ご紹介申し上げることが、本当に多くなって参りました。

 

学校の方も、塾に対しては、体験オープンで好意的です。ホームページや、様々な説明会はあるものの、「検索・リサーチ」というものは、「はじめに関心ありき」ではないでしょうか。関心を持ったから調べるのですし、関心があるからこそ、申し込みをするのです。

 

そう考えますと、この進学相談の仕事は、「進路コンサルタント」みたいなものですが、いっって見れば「学校探しキューピッド」です。

 

現代の様に、さまざまな人間評価を、企業や大学が心がけ、多くの物差しが、これから教育の場に持ち込まれようとしている時に、意外にも大切なのは、一般的に「誰にでも手に入る情報」ではなくて、「特別に、その方のためにある情報」なのです。

 

情報は大事です。  でも、その情報は、あくまでも、「あなた」や、「あなたのお子様」にとっての情報でなくてはならないのです。

 

 

ここに、「人」の存在が、浮かび上がってきませんか・・・。

 

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