News & Noteお知らせ、授業日誌

たいせつ

わたしが育った雙葉学園はカトリックの修道院がつくった学校で、終始教わったことは「人を大切にする。」だった。

人を大切にする。

このことを丁寧に辛抱強く教え続けてくれたのは、修道院のシスター達。全てを捨てて信仰に尽くしている人。その人がわたし達に語る言葉、

あなたのためです。

この言葉の力強さは、筆舌に尽くし難い。

シスターは私たちのために生きている。そういう思いが子供心にもあって、この先生のおっしゃることはほんとうだ、と心から信じられた。だって、そのことを言うためにシスターはいらっしゃるんでしょう。わたしは心から信じることができた。そのことが大きな幸せだと思う。ところが、さらに驚いたことは、「人を大切にする方法」だ。人を大切にするためには、まず、自分を大切にしないといけない、と言う。中学生のわたしは「えっ?」と思った。「それじゃあ自己中心的になっちゃわない?」そう思ったのだ。でもシスターは仰った。

自分を大切にできない人が、どうして自分以外の人を大切にできるでしょう?

ふんふん、、とうなづいてしまった。自分を大切にするというのはなかなか難しい。生活がうまくいかない時。親にそっぽを向かれてしまっている時。誰からも構ってもらえない時。愛されていない時。そんな自分は、自分から見ても楽しくない存在で、「もういいや、どうせ、」と思ってしまいがちになる。わたしの仕事は塾の先生だから、子供たちにはこう言う。

自分を見捨てないで。まだ何かできるよ。
まだやっていないことがあるよ。
あなたにはとても上手にできることがある。

それが塾だと思う。底辺の成績だった娘にも、不登校で昼夜逆転していた娘にも、そう言ってきた。まだ、大丈夫。やろう。

学校は子供にラベルをつける。5とか、4とか、3とか、、。よくできる、もう少しっていうのも、ずいぶんだと思う。どうしてそうなったかは一緒に考えてはくれないのに。お肉屋さんで売ってるお肉にも等級がある。高い牛肉、安い鶏肉。銘柄の肉。〇〇豚とか言っちゃって。そういう意味で成績表はずいぶんと失礼なものだと思う。親を亡くしたり、自分が病気になったり、人生の中で、順風満帆ではない状態のことは珍しくない。両親が喧嘩をしていたり、離婚や別離を余儀なくされたり、人間は傷つきながら生きている。そんな時に、エンジンパワー全開の子に混じって、必死に堪えている子だっている。その状況でよく3とったね。素晴らしい。そういうキラキラした 3 だって、あるでしょうに。でも、逆風はいつまでもは続かない。まだやれることはある。負けっぱなしはやめよう。

シスターのように、「あなたのためだから。」と言えるようになりたい。あなたが大切だから、と言える人でいたい。だから自分も大切にする。そうすると、みんなに愛してもらえる。みんな、がんばって、自分を大切にして。勉強していい学校にいこう。

 

 

 

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